エピローグ
抱き合うふたりの姿が見えた。 いや、感じた、というのか――。 (もう見えないわ) 視覚はどうの昔に失っている。瞳自体をもう持たなかったからだ。 見える代わりに、だから感じる。五感ではない部分…
抱き合うふたりの姿が見えた。 いや、感じた、というのか――。 (もう見えないわ) 視覚はどうの昔に失っている。瞳自体をもう持たなかったからだ。 見える代わりに、だから感じる。五感ではない部分…
「ずいぶんな反応ね、二百七十五年と百二十五日ぶりに会った友人との再会だっていうのに」 メリルの反応を見て、女性が呆れたように両手を腰に当てた。 (これが、魔女ジャニス……) スウェナの想像とはま…
メリルは再び眠りについたようだった。 今度は、先刻までのように、浅すぎて不安になるような呼吸ではなく、規則正しい呼吸を繰り返して胸が上下している。 苦しげに眉を寄せることも、掠れた呻き声を零す…
「メリル」 瞼が震えるのを見た時、スウェナは耐えきれずにぱたぱたと涙を落としてしまった。 「気がついた、メリル?」 二日間、一度も開かなかったメリルの瞼がゆっくりと動き、赤い瞳が覗く。 メリル…
「やめろって、なぜ?」 笑いながら、彼女が言った。 赤茶けた長い髪、男物のローブの上からでもわかるガリガリに痩せた体、化粧気のまるでない顔は日に焼けてそばかすが浮いている。 お世辞にも美人だな…
明るくなると、スウェナの体力はさらに回復して、普段よりちょっと鈍いくらいの動作で動き回れるようになった。 メリルはまだ仰向けに寝転んだまま、身じろぎするのも辛そうだ。 スウェナは弱ったメリルを…
今もし魔物が現れれば、それが爪の先ほどの小虫であっても、それに太刀打ちできなかっただろう。 スウェナは草すら燃やし尽くされた、禿げた地面に仰向けに転がり、ひゅうひゅうと音を立てて息をした。 「………
(そんなに疲れているのか) ざくざくと大股に森の中を歩きながら、メリルは背後のスウェナの様子が気になって仕方がなかった。 気にはなるが、振り返るのはどうしてか負けた気になりそうだったので、それが…
翌日にはメリルの腕の傷が完全にふさがり、顔色もぐっとよくなった。 それでももう少し休んでいた方がいいのではとスウェナは不安になったが、一刻でもジャニスのところに行きたいと言うメリルに強く反対する…
メリルの傷は思いのほか深いようだった。 毒消しの草だけでは足りなかったのか、蛇の魔力が体の中を巡っているようで、瞳の色は濁り、肌の色もどす黒く変わってしまっている。 朝になっても横たわったまま…
森の木漏れ日で目を覚ました時、いたはずのメリルの姿がそこになかった。 置いて行かれたのかと一瞬慌てたが、メリルはすぐに長い棒を手にしてスウェナのそばに戻ってきた。 「これを持っていろ」 手渡さ…
しばらく黙然と歩いているうち、次第に森の中が薄暗くなってきた。 宝珠のせいかいつもより疲れづらいとはいえ、前回休憩を取ってからほぼ一日歩きっぱなしで、体力も限界だった。 もう歩けない、どうせ自…
ひゃああああ、と情けない悲鳴が森の中にこだました。 それに被さるかのように、呆れたような、わざとらしい溜息がひとつ。 「そう大声を上げるから、次から次へと小虫が寄ってくるんだろうが。少しは学習しろ…
しかし結果的には。 魔物が三日も家に住み着いて監視していたのに、その間、スウェナがその皿を使うことはできなかった。 「貴様……いったい、何のつもりだ」 四日目に、痺れを切らした魔物が、スウェナ…
「きゃあああああああ!」 自分でも信じがたいほど大きな悲鳴が出た。 闇雲に両手を振り回し、差し出された皿も箸も相手の腕もぽかぽかと殴りつける。「き、貴様、何を」「いや! 出てって、いやあ!」「スウェ…
「もう、本当にあなたは、愚図な子ねえ。二晩も家を空けておいて、結局薬草のひとつも取ってこられないなんて」 夕食のあと、面目なく俯きながら針仕事をするスウェナの向かいで、義母が溜息交じりに愚痴をこぼし…
ずるり、と足許の地面が滑るように崩れたので、スウェナは悲鳴を上げて近くの木の枝に掴まった。「きゃっ……、あ……、ああ……」 悲鳴は次いで、溜息に変わる。枝に掴まるために、左手に提げていたランプをつ…
夢の中で、時々夢を思い出す。(誰?) 起きてしまえば、それがどんな夢だったのかなんて忘れてしまう。(思い出せない) 空を飛ぶ夢だったと思う。(覚えていようとしていたはずなのに) 誰かと一緒にいる夢…
「あなたが好き……大好きよ、わたし、あなたを死なせたくない。守りたい」 「だからわたしを殺して。竜珠を取り戻して」 魔法学校を追い出された落ちこぼれ魔術師の少女・スウェナは、ある日強大なドラゴンの宝…