【2】ドラゴン、宝珠を出せと箸と皿を持って押しかける(2)
「きゃあああああああ!」
自分でも信じがたいほど大きな悲鳴が出た。
闇雲に両手を振り回し、差し出された皿も箸も相手の腕もぽかぽかと殴りつける。
「き、貴様、何を」
「いや! 出てって、いやあ!」
「スウェナ、どうしたの!」
出てこないようにと言い含めたはずの義母は、スウェナのただならぬ悲鳴に部屋を飛び出してきた。
小さな弟妹たちも、寝込んでいた父親たちも、泡を喰った顔で義母に続いている。
「何だ、その男は!」
「へっ、変な人なの、変な妖魔なの! 助けて!」
「待て、誰が変なだと」
「ちょっとあんた、うちの娘に何してくれたの!」
泣くスウェナ、色めき立つ父親、ぎょっとする男、スウェナに近づいてその肩を庇うように抱き寄せながら怒鳴る母親、騒ぎに泣き出す弟妹。
スウェナの家は、一瞬にして混乱の渦に叩き込まれた。
「魔属だからって何よ、うちの家族に指一本触れさせやしないわ!」
「そうだ、妻と子供は私が命に替えても――」
「――人の話を、聞け!」
すさまじい音と共に、部屋の中に突風が吹き込んだ。スウェナは慌てて自分の頭を腕で庇う。
音はすぐにやみ、こわごわ男の方を見遣ったスウェナは、家の壁の一部が木戸ごと吹っ飛んでしまったのを見て、その場に頽れた。
両親も、泣きわめいていた小さな子供たちも、ぴたりと口を噤んだ。
壁を殴りつけるわけでもなく、ただ、男が触れただけで家の戸がなくなってしまった。
怯えて黙り込む人間たちをひとりひとり見渡してから、ふん、とその男――黒い魔物は、実に人間的な仕種で鼻を鳴らした。
「全部を壊されたくなかったら、俺を招き入れろ。俺はメリル・マディナータ・メレル公爵だ。この名前は自分でつけた。格好いいだろう、遠慮なく呼べ。まあ貴様らごとき人間が俺の名など呼べば、たちまち全身から血を噴き出して死ぬだろうがな」
その名前を聞いた瞬間、スウェナは自分の体の中に、変な感触が走るのに気づいた。
(え、何……)
だがその感触の正体にスウェナが気づけないうち、父親が強張った大声を上げる。
「エ……M公爵……!?」
義母も、それにスウェナもハッとして、父親、そして自ら公爵を名乗った男を見遣った。
「M公爵……って……あの、竜公爵!?」
「いかにも」
うっすらと笑みを浮かべて、男が頷く。
スウェナにもそのふたつ名に覚えがあった。竜公爵、あるいはM公爵と呼ばれるのは、人間を厭う性質のドラゴンでありながら、人間に変幻しては王宮議会を荒らし、勝手に公爵領を作って領民から金を搾り取っているという、悪名高い魔属だった。
M公爵の領地はスウェナのたちの住む村よりずっと遠い。なぜその領主がここにいるのか、スウェナにはさっぱりわけがわからない。
通称で呼ばれるのは、強大な力を持つ魔物の名を口にすれば、普通の人間ならば彼の言うとおり体中から血を流し、正気を失って息絶えるだろうと言われているからだ。
「この俺自らが、貴様ら卑小な人間ごときの小屋を訪ねてやっているんだ、ありがたく思え。迎え入れて傅く栄誉を与えてやる」
尊大すぎる相手の態度に気圧され、スウェナたち一家は彼を戸の吹き飛んだ家の中に通した。
ただの人間と、完璧に人間の形を取れる魔物では、立ち向かうのが無謀なことは火を見るよりも明らかだ。ハーピー一匹言うことを聞かせることのできないスウェナが、ドラゴンを従わせることができるわけもない。
「あの、あのう、それで……」
まがりなりにも、才能がなくて学校を追い出されたとはいえ、この家でもっとも魔物の扱いに長けているのは魔法使いの修行をしてきたスウェナだけだ。いきおい、彼女が彼と直接対することになる。両親はスウェナの後ろで子供たちを背に庇いながら、いつでも魔物の手からスウェナを逃せるようにと身構えていた。
魔物はそんな一家の緊張感もものともせず、一家のための食卓の前に腰を落ち着けると、スウェナの入れたお茶の入ったカップを実に優雅な動きで口に運んだ。
一口飲んで、しかし魔物が力一杯お茶を噴き出す。
「何だこれは! 不味い!」
「ごっ、ごめんなさい!」
魔物の怒声にスウェナは身を竦めた。魔物は信じがたいものを見る目つきで手の中のカップを見下ろしている。
「人間はこんな不味いものを平気で飲んでいるのか」
「あのわたしが、お茶を淹れるの、下手なんです」
飲み物を要求する魔物のために、スウェナがお茶を淹れるよう命じたのは義母だ。普通に淹れればうまくはないがまずいというほどでもないお茶を、舌が痺れるような味に変える才能が義理の娘にあることを知っている。
「まあ、いい。人間、しかもこんな汚い小屋に住んでいるような貧乏人の飲み食いするものなど、この俺の口に合うはずもなかった。宮殿の正餐ならばともかく」
スウェナはちょっと、魔物の言い種にカチンときた。
だが言い返す勇気もなく、魔物の向かいに座って、体を強張らせることしかできなかった。
「そんなことより本題だ。おい娘、早くこれに出せ」
ずいっと、魔物がテーブルの上に並べてあった皿と箸をスウェナの方に押し遣った。
スウェナはそれでもう、泣き顔になる。
「だ、だから、何なんですか。どうしてそんなこと、しなくちゃいけないんですか」
年頃の娘に、面と向かって排泄物を、しかも皿の上に出せと命じるなど、いくら魔物といえども正気の沙汰とも思えない。
「なぜ、だと?」
魔物が目を眇めた。切れ長の目がいっそう細くなり、血の色の瞳に睨まれて、スウェナはさらに身を固くする。
「忘れたとは言わせんぞ。貴様、今日の明け方、あの森の湖で何をした」
「森の……湖……?」
スウェナの脳裡に、今朝やっと抜け出したあの深い森の姿が浮かぶ。
それから迷いに迷って辿り着いた湖。
そして、そこに眠っていた巨大なドラゴンの姿。
(まさか、竜公爵って……あのドラゴン……!?)
「思い出したか」
顔色を変えるスウェナを、魔物がさらに冷たく睨めつける。
「俺があの体を置いて、この体で出歩いているのをいいことに、俺のものに勝手に触れただろう!」
「ね、眠ってたんじゃないんですか、何でご存じなんですか」
「愚か者めが、この俺くらいの力の持ち主ならば、自分の体の他に別の体を作り出して魂を自由に移せると知らないのか」
たしかにそれを、スウェナは学校で習った覚えがあった。
力の強い魔物は体も大きく、大きな体を小さな人間の体に変えて動かすのはエネルギーの無駄遣いだから、変化ではなく別に人間型の器を作って魂だけをその中に移す者があると。
その間本体は眠り、必要な時にはすぐ魂をその中に戻せばいい。
「実の体は眠っていても、意識は繋がってるんだ。――あの宝珠がある間はな!」
いまいましそうに、魔物が吐き捨てる。
「だから見ていたぞ、貴様が俺の大事な珠を勝手に奪って、勝手に食すところを! おかげで俺は珠の媒介を失くしてあの体に戻れなくなった、この落とし前をどうつけるつもりだ!」
恫喝され、スウェナは両腕で頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、食べるつもりじゃなかったんです、でもすごくおいしそうで、我慢できないくらいおいしそうで、気づいたら口の中に……」
「言いわけはいい、とにかくあれを返せ! 食べたものは出すしかないだろう、ここに出して戻せ!」
「いやああ!」
ようやく話が繋がった。だが、到底呑める命令ではない。
「無理です、そんなきっともう、消化してしまって」
「人間の小娘ごときに俺の宝珠が吸収できるか! 呑みきれなくてそのまま出てくるに決まってる、いいから出せ、さもなくば」
スッと、黒いマントの隙間から魔物が暗い色の腕を抜き出した。黒く鋭い爪が光っている。
「貴様の腹を割いて、今すぐ出してやってもいいんだぞ」
「待って、駄目よそんな!」
言ったとおり、テーブルを乗り越えてスウェナの腹に爪を立てようとする魔物に、義母が声を上げた。父親も急いで娘を後ろから抱き締めて庇う。
「そうだ、娘を、そんな目に遭わせるわけにいかない」
「貴様らの意見など聞いていない、命令しているんだ。この皿の上に出すか、それとも体を割かれて取り出されるか、どちらか選べ」
「ス、スウェナ」
蒼白になるスウェナの肩を、義母が揺さぶる。
「いいから出しなさい、頑張って! 殺されるよりずっとマシよ、ね、出すって言いなさい、出したら帰ってもらえばいいから!」
義母は泣いていた。泣いていることにスウェナは驚いた。
ずっと自分に冷たく当たっていたはずなのに、義母が自分を庇ってくれている。
「お……母さん……わたしのこと、邪魔じゃ、なかったの……?」
「ばかっ、邪魔なことがあるもんですが、あなたがあんまり愚図でドジで泣き虫だから、あたしが厳しくしないと、強くしないとって必死だったの! あんたは血が繋がらなくてもあたしの大事な娘よ、こんな魔物なんかに殺させやしないわ!」
義母の言葉に、父親もがくがくと頷いている。
「……」
スウェナは真っ白になった顔で魔物を見た。
(……みんなを……家族を、危ない目に遭わせるわけには、いかない)
魔物の赤い目がスウェナを睨んでいる。
スウェナは渇いた喉でごくりと唾を飲み込んで、口を開く。
「わ……かりました……」
頷くしか、スウェナに道はなかった。
自分でも信じがたいほど大きな悲鳴が出た。
闇雲に両手を振り回し、差し出された皿も箸も相手の腕もぽかぽかと殴りつける。
「き、貴様、何を」
「いや! 出てって、いやあ!」
「スウェナ、どうしたの!」
出てこないようにと言い含めたはずの義母は、スウェナのただならぬ悲鳴に部屋を飛び出してきた。
小さな弟妹たちも、寝込んでいた父親たちも、泡を喰った顔で義母に続いている。
「何だ、その男は!」
「へっ、変な人なの、変な妖魔なの! 助けて!」
「待て、誰が変なだと」
「ちょっとあんた、うちの娘に何してくれたの!」
泣くスウェナ、色めき立つ父親、ぎょっとする男、スウェナに近づいてその肩を庇うように抱き寄せながら怒鳴る母親、騒ぎに泣き出す弟妹。
スウェナの家は、一瞬にして混乱の渦に叩き込まれた。
「魔属だからって何よ、うちの家族に指一本触れさせやしないわ!」
「そうだ、妻と子供は私が命に替えても――」
「――人の話を、聞け!」
すさまじい音と共に、部屋の中に突風が吹き込んだ。スウェナは慌てて自分の頭を腕で庇う。
音はすぐにやみ、こわごわ男の方を見遣ったスウェナは、家の壁の一部が木戸ごと吹っ飛んでしまったのを見て、その場に頽れた。
両親も、泣きわめいていた小さな子供たちも、ぴたりと口を噤んだ。
壁を殴りつけるわけでもなく、ただ、男が触れただけで家の戸がなくなってしまった。
怯えて黙り込む人間たちをひとりひとり見渡してから、ふん、とその男――黒い魔物は、実に人間的な仕種で鼻を鳴らした。
「全部を壊されたくなかったら、俺を招き入れろ。俺はメリル・マディナータ・メレル公爵だ。この名前は自分でつけた。格好いいだろう、遠慮なく呼べ。まあ貴様らごとき人間が俺の名など呼べば、たちまち全身から血を噴き出して死ぬだろうがな」
その名前を聞いた瞬間、スウェナは自分の体の中に、変な感触が走るのに気づいた。
(え、何……)
だがその感触の正体にスウェナが気づけないうち、父親が強張った大声を上げる。
「エ……M公爵……!?」
義母も、それにスウェナもハッとして、父親、そして自ら公爵を名乗った男を見遣った。
「M公爵……って……あの、竜公爵!?」
「いかにも」
うっすらと笑みを浮かべて、男が頷く。
スウェナにもそのふたつ名に覚えがあった。竜公爵、あるいはM公爵と呼ばれるのは、人間を厭う性質のドラゴンでありながら、人間に変幻しては王宮議会を荒らし、勝手に公爵領を作って領民から金を搾り取っているという、悪名高い魔属だった。
M公爵の領地はスウェナのたちの住む村よりずっと遠い。なぜその領主がここにいるのか、スウェナにはさっぱりわけがわからない。
通称で呼ばれるのは、強大な力を持つ魔物の名を口にすれば、普通の人間ならば彼の言うとおり体中から血を流し、正気を失って息絶えるだろうと言われているからだ。
「この俺自らが、貴様ら卑小な人間ごときの小屋を訪ねてやっているんだ、ありがたく思え。迎え入れて傅く栄誉を与えてやる」
尊大すぎる相手の態度に気圧され、スウェナたち一家は彼を戸の吹き飛んだ家の中に通した。
ただの人間と、完璧に人間の形を取れる魔物では、立ち向かうのが無謀なことは火を見るよりも明らかだ。ハーピー一匹言うことを聞かせることのできないスウェナが、ドラゴンを従わせることができるわけもない。
「あの、あのう、それで……」
まがりなりにも、才能がなくて学校を追い出されたとはいえ、この家でもっとも魔物の扱いに長けているのは魔法使いの修行をしてきたスウェナだけだ。いきおい、彼女が彼と直接対することになる。両親はスウェナの後ろで子供たちを背に庇いながら、いつでも魔物の手からスウェナを逃せるようにと身構えていた。
魔物はそんな一家の緊張感もものともせず、一家のための食卓の前に腰を落ち着けると、スウェナの入れたお茶の入ったカップを実に優雅な動きで口に運んだ。
一口飲んで、しかし魔物が力一杯お茶を噴き出す。
「何だこれは! 不味い!」
「ごっ、ごめんなさい!」
魔物の怒声にスウェナは身を竦めた。魔物は信じがたいものを見る目つきで手の中のカップを見下ろしている。
「人間はこんな不味いものを平気で飲んでいるのか」
「あのわたしが、お茶を淹れるの、下手なんです」
飲み物を要求する魔物のために、スウェナがお茶を淹れるよう命じたのは義母だ。普通に淹れればうまくはないがまずいというほどでもないお茶を、舌が痺れるような味に変える才能が義理の娘にあることを知っている。
「まあ、いい。人間、しかもこんな汚い小屋に住んでいるような貧乏人の飲み食いするものなど、この俺の口に合うはずもなかった。宮殿の正餐ならばともかく」
スウェナはちょっと、魔物の言い種にカチンときた。
だが言い返す勇気もなく、魔物の向かいに座って、体を強張らせることしかできなかった。
「そんなことより本題だ。おい娘、早くこれに出せ」
ずいっと、魔物がテーブルの上に並べてあった皿と箸をスウェナの方に押し遣った。
スウェナはそれでもう、泣き顔になる。
「だ、だから、何なんですか。どうしてそんなこと、しなくちゃいけないんですか」
年頃の娘に、面と向かって排泄物を、しかも皿の上に出せと命じるなど、いくら魔物といえども正気の沙汰とも思えない。
「なぜ、だと?」
魔物が目を眇めた。切れ長の目がいっそう細くなり、血の色の瞳に睨まれて、スウェナはさらに身を固くする。
「忘れたとは言わせんぞ。貴様、今日の明け方、あの森の湖で何をした」
「森の……湖……?」
スウェナの脳裡に、今朝やっと抜け出したあの深い森の姿が浮かぶ。
それから迷いに迷って辿り着いた湖。
そして、そこに眠っていた巨大なドラゴンの姿。
(まさか、竜公爵って……あのドラゴン……!?)
「思い出したか」
顔色を変えるスウェナを、魔物がさらに冷たく睨めつける。
「俺があの体を置いて、この体で出歩いているのをいいことに、俺のものに勝手に触れただろう!」
「ね、眠ってたんじゃないんですか、何でご存じなんですか」
「愚か者めが、この俺くらいの力の持ち主ならば、自分の体の他に別の体を作り出して魂を自由に移せると知らないのか」
たしかにそれを、スウェナは学校で習った覚えがあった。
力の強い魔物は体も大きく、大きな体を小さな人間の体に変えて動かすのはエネルギーの無駄遣いだから、変化ではなく別に人間型の器を作って魂だけをその中に移す者があると。
その間本体は眠り、必要な時にはすぐ魂をその中に戻せばいい。
「実の体は眠っていても、意識は繋がってるんだ。――あの宝珠がある間はな!」
いまいましそうに、魔物が吐き捨てる。
「だから見ていたぞ、貴様が俺の大事な珠を勝手に奪って、勝手に食すところを! おかげで俺は珠の媒介を失くしてあの体に戻れなくなった、この落とし前をどうつけるつもりだ!」
恫喝され、スウェナは両腕で頭を抱えて悲鳴を上げた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、食べるつもりじゃなかったんです、でもすごくおいしそうで、我慢できないくらいおいしそうで、気づいたら口の中に……」
「言いわけはいい、とにかくあれを返せ! 食べたものは出すしかないだろう、ここに出して戻せ!」
「いやああ!」
ようやく話が繋がった。だが、到底呑める命令ではない。
「無理です、そんなきっともう、消化してしまって」
「人間の小娘ごときに俺の宝珠が吸収できるか! 呑みきれなくてそのまま出てくるに決まってる、いいから出せ、さもなくば」
スッと、黒いマントの隙間から魔物が暗い色の腕を抜き出した。黒く鋭い爪が光っている。
「貴様の腹を割いて、今すぐ出してやってもいいんだぞ」
「待って、駄目よそんな!」
言ったとおり、テーブルを乗り越えてスウェナの腹に爪を立てようとする魔物に、義母が声を上げた。父親も急いで娘を後ろから抱き締めて庇う。
「そうだ、娘を、そんな目に遭わせるわけにいかない」
「貴様らの意見など聞いていない、命令しているんだ。この皿の上に出すか、それとも体を割かれて取り出されるか、どちらか選べ」
「ス、スウェナ」
蒼白になるスウェナの肩を、義母が揺さぶる。
「いいから出しなさい、頑張って! 殺されるよりずっとマシよ、ね、出すって言いなさい、出したら帰ってもらえばいいから!」
義母は泣いていた。泣いていることにスウェナは驚いた。
ずっと自分に冷たく当たっていたはずなのに、義母が自分を庇ってくれている。
「お……母さん……わたしのこと、邪魔じゃ、なかったの……?」
「ばかっ、邪魔なことがあるもんですが、あなたがあんまり愚図でドジで泣き虫だから、あたしが厳しくしないと、強くしないとって必死だったの! あんたは血が繋がらなくてもあたしの大事な娘よ、こんな魔物なんかに殺させやしないわ!」
義母の言葉に、父親もがくがくと頷いている。
「……」
スウェナは真っ白になった顔で魔物を見た。
(……みんなを……家族を、危ない目に遭わせるわけには、いかない)
魔物の赤い目がスウェナを睨んでいる。
スウェナは渇いた喉でごくりと唾を飲み込んで、口を開く。
「わ……かりました……」
頷くしか、スウェナに道はなかった。