きまずいふたり・第3話

「それで、ライターさんってだけあっていろんなことを知ってるし、本人は『広く浅くですよ』なんて言ってるけど話し出したら詳しいんだ。きっと努力家なんだろうな。そこを鼻にかけるようなところはないから、嫌みじゃない」
「ふーん」
「記事の載ってる雑誌のタイトル教えてもらったから、今日の朝買ってみたんだ。後で読んでみよう」
「佐山、おまえさ」
 縞と再会した夜から数日後の昼休み、たまたま社食で顔を合わせた御幸の向かいでランチを食べていた佐山は、怪訝そうな友人の表情に首を傾げた。
「何?」
「ずいぶん機嫌がいいんだな」
 指摘されて、なぜか佐山は少し後ろめたい気分になった。そんな気分になる『筋合い』は、自分にはないと思うのに。
「そうかな、別にずいぶんってことはないだろ」
「ここ最近で、眉間に皺寄ってない顔と一回も溜息ついてない佐山の姿なんて、かなり珍しいぞ」
「大袈裟だなあ。まあ開発だって、営業ほどじゃないけど忙しかったし、疲れてたのかもな」
「その疲れが、その何とかいうライターとの食事で癒されたってわけか」
「うーん、まあ……本当に、楽しくはあったよ。あんなに笑ったのは久しぶりってくらい、縞さんの話してくれることがいちいちおかしくて」
「まあ、いかにも悩んでます、気が重いですって顔でしかめっ面してる佐山を見てるより、よっぽど気が楽だけどさ、俺は」
 焼き魚定食を箸で突きつつ、御幸が少し小声になった。
「で、あっちの方はどうなったんだよ」
 訊ねつつ、御幸は視線だけ、自分たちの右側にある席の方を見遣った。佐山が先刻からなるべく目に入れないようにしている方向だ。営業事務の女の子と向かい合って食事をしている秋口の姿なんて、いつものこととはいえ目の当たりにしたくない。
「あいつあそこまで切羽詰まった様子さらしておいて、何でまだ他の女とああなんだ」
「知らないよ、俺は」
 こっちが聞きたいし、なのに聞けないことなのだ。
「おまえらのことだし、ああまでなったら後は何言っても馬に蹴られるだけだと思って、聞かずにいたけどさ。いい加減口挟みたくもなる、どうなってんだおまえら」
 佐山はもう一度深々と溜息をつくと、ちょうどお互い食事が終わったところだったので、御幸を誘って非常ドアの外に出た。すっかり禁煙化が進んで居づらくなった社屋の、唯一人目を気にせず喫煙しながらゆっくり話ができるところだ。
 御幸と並んで煙草をふかしながら、佐山は例の一件、御幸の目の前で自分が秋口を殴ったその後の話をそのまま話した。
「つまり――なんにもなってない、と?」
 信じがたい、という顔で、御幸が佐山の説明をまとめた。
「どうもこうも進展してないし、会社帰りに飯喰う以外にデートのひとつもしてないってわけか」
 佐山は歯で煙草のフィルターを噛みつつ、頷いた。
「もしかしたら、秋口が女とまだいちゃついてるのはカモフラージュかと思ってたんだぞ、俺は。佐山恋しさが表沙汰になったら問題だからって」
「だから、喧嘩もできない程度だって言ったろ。恋とか愛とか好きとか嫌いとか、そういうのを云々するってレベルでもないんだよ」
 呆れ顔で御幸が顎を落とし、ついでに煙草も落としそうになって、慌てて指で押さえている。
「待て、待て待て待て。まさかとは思うけど、おまえら、告白もまだなのか!? いや、告白っていうか、ともかく、お互いの気持ちを相手に伝えるような言葉なり行動なり」
「俺はとっくに本人に言ってる」
 溜息混じりに佐山は応えた。
 ただし、言った記憶は佐山本人にもなかったし、何だかもうずいぶん昔のことにも思えてしまうのだが。
「……秋口は?」
 なぜかおそるおそる訊ねてくる御幸に、佐山は緩く首を横に振って見せた。
「一度も。まあなんだか俺のこと独り占めしたい、って意味のようなことは言われたけど。おまえや、沙和子と一緒に俺がいるのが気に喰わないみたいな。あとは、俺に離れないで欲しいとか」
「それって、充分愛の告白ってやつなんじゃないか」
「向こうは他の誰とでも一緒にいるのに?」
「――ああ……」
 先刻他の女と仲よくランチを取っていた姿を見てしまっては、御幸にもフォローの余地がない。
「何度も思うよ。これだったらひとりで勝手に好きだった頃の方がまだしもだって」
 眉間に皺を寄せてしまう佐山の肩を、御幸がちょっと乱暴に揺する。
「あんまり考えすぎておまえばっかり疲れることもないだろ。奢るし、今日は俺とうまいもんでも喰いに行こうぜ。ちょうどヤマひとつ超えたんだ、大口契約取れた祝い」
 ああ、でも――と御幸が言を継ぎ、
「俺と出かけるの、秋口は嫌がるんだっけ?」
「知るもんか、行こう」
 少し自棄気味に答えた友人に、御幸は軽く肩を竦めただけだった。

きまずいふたり

Posted by eleki