こころなんてしりもしないで・第5話
「この間は、失礼なことを言って本当にすみませんでした」
「え、あ、いや……」
午前中、佐山が廊下に出てきたところを捕まえて、秋口は休憩所まで彼を引っ張ってくると、そう言って頭を下げた。
最初佐山が自分をみつけた時、気まずそうな、少し怯えたようにも見える表情をして逃げ腰になっているのを、強引に腕を掴んで連れてきた。幸い休憩所には誰もおらず、秋口は腹を括って謝罪することができた。
「たしかに俺も、秋口の指示を待たずに勝手に連絡取ったのは悪かったと思うし」
きっちり頭を下げた秋口の態度に、戸惑った様子で佐山が言う。
「あの時はテンパってて、冷静な判断ができなかったんです。正直なとこ、自分のミスが恥ずかしくて佐山さんに八つ当たりしてました。佐山さんがすぐ工場に連絡取ってくれたおかげで、損失らしい損失も出なかったのに」
この辺り、土日をかけてたっぷり反省したので、謝る気持ちは嘘じゃない。
佐山に今さらふざけるなと言われても無理はないと思っていたが、しかし彼はそんなことを言わないだろうと予測もしていた。
「宮原さんとのトラブル、これが初めてじゃないから。俺の方が対処に慣れてるだけだし、気にしないでくれ」
顔を上げると、佐山が困った顔で、それでも笑って秋口を見下ろしている。
(優しい、か――)
ひどい暴言を吐いた自分に怒りもせず、あっさりと許してくれる佐山はたしかに優しいのだろう。それが軟弱だと自分の目に映りかねないのは、自分の性格がどちらかというと好戦的なものだからかもしれない。
(みんな俺みたいだったらやってけないだろうし、こういう人も必要なのかも)
佐山の性格の好き嫌いは置いておいて、秋口は何となくそう思った。
「あの、もし迷惑じゃなかったら、今日の帰りにでも晩飯奢らせてくれませんか。お詫びもかねて」
「えっ」
秋口が切り出した言葉に、佐山がなぜか一瞬、絶句した。
「そんな、いいよ、俺はもう気にしてないし、秋口が謝ってくれたので充分だし」
もう、というからには多少は気にしていたのだろう。それがわかって秋口はまた少し反省を深めた。いくら佐山がぼんやりに見えるからと言って、自分の舌鋒にまるっきり傷つかないはずがない。実際、金曜の晩の帰り際の佐山は、ひどく辛そうな顔をしていた。
「俺の気がすまないんです。それに、T社との仕事が続くなら、佐山さんとはこれから長くやってくことになるだろうし。いろいろ聞きたいこともあるから」
「そうか……」
まじめな佐山に、こう言えば断られないだろうことは秋口もシミュレーションずみだ。案の定、ちょっと考える素振りのあと、佐山は頷いた。
「奢りはいいけど、聞きたいことがあるっていうなら、夕飯つき合うよ」
「ありがとうございます」
秋口は笑顔でまた頭を下げた。
(これでとりあえず、今日は雛川さんの動きは封じたと)
朝の沙和子の様子だと、今日にでも佐山に声をかけかねない雰囲気だった。昼間だって話をするなら機会はあるだろうが、廊下で擦れ違った時や、昼休みではなく、もっと時間をかけたいと考えるだろうから、狙うのならやっぱり終業後だろう。
「俺がよく行ってる店でいいですか、隣の駅に近い方で、ちょっと歩くんですけど」
会社帰り、女の子がそばにいるのが煩わしくてひとりになりたい日によく使っている店だ。訊ねると、佐山はすぐに頷いた。
「いいよ」
「じゃ、こっちの仕事終わったら携帯に連絡します」
秋口はそう告げて、自分の仕事場に戻った。うまくいったと、ひそかに沙和子への意趣返しを果たした気分だった。
「え、あ、いや……」
午前中、佐山が廊下に出てきたところを捕まえて、秋口は休憩所まで彼を引っ張ってくると、そう言って頭を下げた。
最初佐山が自分をみつけた時、気まずそうな、少し怯えたようにも見える表情をして逃げ腰になっているのを、強引に腕を掴んで連れてきた。幸い休憩所には誰もおらず、秋口は腹を括って謝罪することができた。
「たしかに俺も、秋口の指示を待たずに勝手に連絡取ったのは悪かったと思うし」
きっちり頭を下げた秋口の態度に、戸惑った様子で佐山が言う。
「あの時はテンパってて、冷静な判断ができなかったんです。正直なとこ、自分のミスが恥ずかしくて佐山さんに八つ当たりしてました。佐山さんがすぐ工場に連絡取ってくれたおかげで、損失らしい損失も出なかったのに」
この辺り、土日をかけてたっぷり反省したので、謝る気持ちは嘘じゃない。
佐山に今さらふざけるなと言われても無理はないと思っていたが、しかし彼はそんなことを言わないだろうと予測もしていた。
「宮原さんとのトラブル、これが初めてじゃないから。俺の方が対処に慣れてるだけだし、気にしないでくれ」
顔を上げると、佐山が困った顔で、それでも笑って秋口を見下ろしている。
(優しい、か――)
ひどい暴言を吐いた自分に怒りもせず、あっさりと許してくれる佐山はたしかに優しいのだろう。それが軟弱だと自分の目に映りかねないのは、自分の性格がどちらかというと好戦的なものだからかもしれない。
(みんな俺みたいだったらやってけないだろうし、こういう人も必要なのかも)
佐山の性格の好き嫌いは置いておいて、秋口は何となくそう思った。
「あの、もし迷惑じゃなかったら、今日の帰りにでも晩飯奢らせてくれませんか。お詫びもかねて」
「えっ」
秋口が切り出した言葉に、佐山がなぜか一瞬、絶句した。
「そんな、いいよ、俺はもう気にしてないし、秋口が謝ってくれたので充分だし」
もう、というからには多少は気にしていたのだろう。それがわかって秋口はまた少し反省を深めた。いくら佐山がぼんやりに見えるからと言って、自分の舌鋒にまるっきり傷つかないはずがない。実際、金曜の晩の帰り際の佐山は、ひどく辛そうな顔をしていた。
「俺の気がすまないんです。それに、T社との仕事が続くなら、佐山さんとはこれから長くやってくことになるだろうし。いろいろ聞きたいこともあるから」
「そうか……」
まじめな佐山に、こう言えば断られないだろうことは秋口もシミュレーションずみだ。案の定、ちょっと考える素振りのあと、佐山は頷いた。
「奢りはいいけど、聞きたいことがあるっていうなら、夕飯つき合うよ」
「ありがとうございます」
秋口は笑顔でまた頭を下げた。
(これでとりあえず、今日は雛川さんの動きは封じたと)
朝の沙和子の様子だと、今日にでも佐山に声をかけかねない雰囲気だった。昼間だって話をするなら機会はあるだろうが、廊下で擦れ違った時や、昼休みではなく、もっと時間をかけたいと考えるだろうから、狙うのならやっぱり終業後だろう。
「俺がよく行ってる店でいいですか、隣の駅に近い方で、ちょっと歩くんですけど」
会社帰り、女の子がそばにいるのが煩わしくてひとりになりたい日によく使っている店だ。訊ねると、佐山はすぐに頷いた。
「いいよ」
「じゃ、こっちの仕事終わったら携帯に連絡します」
秋口はそう告げて、自分の仕事場に戻った。うまくいったと、ひそかに沙和子への意趣返しを果たした気分だった。