きまずいふたり・第4話
唖然、という表現がもっともぴったりだっただろう。
佐山も、御幸も、そして秋口も、目と、すぐには言葉の出ない口を開いている。
「あれ、どうかしました?」
唯一、縞の声だけが脳天気に響いていた。
「あの……縞さんのご親戚っていうのは……」
一目瞭然のことを佐山が問わずにいられなかったのは、目の前の事実がやっぱりすぐには信じられなかったからだ。
縞が、佐山を見て、秋口を見て、もう一度佐山を見直してから頷く。
「これです。あれ、もしかしてみなさんお知り合いですか?」
自分の隣に立つ秋口を指さし、三人の反応で、縞もその偶然をすぐに察したらしい。佐山はどうにも気まずい気分で頷きながら、秋口の顔が見る見る憮然とした表情に変わっていくのを眺めていた。
また縞から連絡があったのは、前回御幸と三人で食事をしてから二日後だった。縞は御幸も是非一緒にと誘ってきて、仕事が詰まっていると言っていたはずの御幸は、その仕事を無理矢理終わらせてついてきた。
御幸も来られそうだという佐山のメールに、縞からは近くに住む歳の近い親戚がいるからついでに誘うがいいか、とさらに返信が来た。佐山も御幸も特別異存はなかったので、じゃあこの間と同じ店で待ち合わせ、ということになったのだが。
佐山と御幸が先に店に着き、適当に飲み食いを始めて間もない頃、縞の明るい声がした。
それで佐山と御幸は一緒に振り返り、縞の隣によく見知った顔をみつけ、呆然とするに至ったわけだった。
「すごい偶然だなあ。これ、従弟なんですけどね、母親同士が姉妹。もう知り合いなら、じゃあ、自己紹介いらないか」
今日は四人がけのボックス席に案内されて、御幸と向かい合って座っていた佐山の隣に、縞がさっさと腰を下ろす。仏頂面の従弟の顔を見て、首を捻った。
「何ボケーッと突っ立ってんだよ、航。さっさと座れ」
縞に促され、秋口はいかにも不承不承といった態で御幸の隣に腰を下ろした。
「あれ、でも、どういう知り合いです?」
店員の運んできたおしぼりで手を拭きながら、縞がまた首を傾げる。
「同じ会社の先輩」
不機嫌な声で答えたのは、秋口だった。
佐山はひたすら驚いたまま、その秋口のことを見遣る。
(ああ……そりゃ、似てるよな)
血縁関係があるというのなら、縞が秋口に似ていたって不思議はないのだ。
この顔合わせになったのが、ただ偶然すぎたと言うだけで。
秋口の答えを聞いて、縞も得心がいったように何度も頷いている。
「あー、どうりでおふたりからもらった名刺、社名に見覚えがある気がしたんだ」
「……おまえ、本当に俺に興味がないよな」
秋口が小声でぼそりと吐き捨てる。縞と秋口はあまり仲睦まじい雰囲気ではなかったが、こんな場に呼ぶくらいだし、遠慮がない関係ってやつだろうと佐山は察する。
「まあまあ、あ、すみませんお姉さん、生ふたつ。あ、おまえ生でいいよな」
「どうとでも」
「佐山さんは、まだお代わりいいですか?」
ひょい、と御幸が佐山の手許のグラスを覗き込む。すでに佐山は烏龍茶を、御幸はビールを頼んでいる。
「あ、俺たちもさっき来たばっかりですから。すみません、先に始めちゃってて」
「いえいえ、こっちが約束の時間より遅れちゃったんですから」
秋口は無言で煙草を取り出して咥えている。御幸が灰皿を秋口の方へ押し遣ってやり、秋口が小さく頭を下げる。
――という様子を眺めながら、佐山も煙草の箱を取り出した。
「あ、灰皿もうひとつ」
生ビールふたつを運んできた店員に、縞がすかさず声をかける。佐山は恐縮して頭を下げた。
「すみません」
「俺も吸いますから」
にっこり笑って縞がポケットから煙草を取り出してみせる。本当に縞はこういうところにそつがない、と佐山は感心する。
「じゃあまあ、とりあえず乾杯しますか。奇縁にってことで」
縞がそう言いながらビールのジョッキを掲げ、佐山は苦笑してそれに倣った。御幸も苦笑い気味に、半分に減ったジョッキを手にする。
「ほら航、おまえも」
縞に促され、ひとり我関せずの顔で煙草をふかしていた秋口も、また不承不承にビールを持ち上げた。
「はい、かんぱーい」
縞の音頭に続いて、バラバラに乾杯の声が続く。
佐山は何だか尻の据わりが悪くて仕方がなかった。
「食べ物もじゃんじゃん頼んじゃいましょう、俺、腹減ってて」
縞がメニュー表を手に取り、ひとつを御幸と秋口の方へ渡し、もうひとつを広げて佐山の前に押し遣って、自分は佐山に身を寄せてそれを覗き込んだ。
「もう何か、頼みました?」
「いや、縞さん……たちが、来てからと思って」
「すみません、じゃ、佐山さんも腹減ったでしょ」
「そんなでもないですよ、昼飯遅かったし」
「あ、お仕事お疲れ様です」
「縞さんこそ。今日もこっちで仕事の用があったんですか?」
「いえいえ、今日は佐山さんの顔が見たくて予定を空けたんですよ」
「佐山、そっち、何頼む?」
冗談めかした縞の言葉に佐山が笑い返していると、御幸が声をかけてきた。
「こっちは鶏唐となすの揚げ浸しとチーズ上げと山菜サラダってあたりなんだけど」
こっち、と言いつつ、決めたのは御幸ひとりのようだった。秋口は「どうでもいい」という顔で明後日の方を見ながら煙草を吸い続けている。
「そうだなあ、佐山さん今日は何食べますか?」
「ええと、なるべくさっぱりしたもの系が……」
訊ねてきた縞に佐山は答えたが、秋口の姿を見た瞬間に食欲なんて半減していた。できればこのまま帰って寝てしまいたかったが、それもまた気まずい結果になってしまう気がする。
縞があれこれ佐山に話しかけながらメニューを決めていき、適当に注文をすませた。
「佐山さん何か、今日は疲れてます?」
小さく溜息をついた佐山に目敏く気づいて、縞が顔を覗き込んでくる。
「いえ、そんなことありませんよ」
慌てて首を振る佐山に、縞が相好を崩した。
「佐山さん、今日もかぁわいいなあ。疲れてても全然気にしないでください、俺の前で無理しなくていいんですよ」
「ははは……」
「万が一酔い潰れたら、俺が責任持って佐山さんのお宅まで送り届けますから」
相変わらず臆面なく、笑顔のままそんなことを言う縞に、佐山はつい本気で笑ってしまった。
「酒は飲みませんから、潰れたりしませんよ」
「たまに、一口くらいは飲まないんですか?」
あー、と佐山は低く呻き声を上げてから、縞の方へ耳を寄せた。小声で囁く。
「……その、酒で失敗したことがあるので、戒めのためにもう飲まないようにと」
目の前に、その『失敗した』相手がいるのでは、そんなことも告白しづらい。
「……女性関係?」
縞も同じく声をひそめ、佐山に耳打ちする。
佐山はついつい赤くなった。やっぱり、本人を前にしての話題じゃない。適当に誤魔化せばよかったのに、つい馬鹿正直に答えてしまった。
「いや、その、そういうわけでも、ないんですが」
「うーん、そうか、佐山さんは何とかして酒で潰したら何とかなると」
「何とかって、何ですか」
佐山は笑って言い返してから、何となく盛り上がっているこちら側とは対照的に、御幸と秋口側の席が会話もなく白けた空気が流れているのに気づいた。
「あ、御幸、秋口も、飲み物大丈夫か?」
訊ねながら、佐山は秋口の名前を呼んで、秋口を見て、秋口に直接声をかけるなんて、ずいぶん久しぶりだなと思った。
「いえ、俺はまだ」
「俺も大丈夫」
「何だ航ちゃん、進んでないな。綺麗どころに囲まれて緊張してるのか?」
(航ちゃん……)
佐山はまじまじと縞を見てしまう。そうか、この人は秋口の親戚なんだよなと改めて確認した。ずいぶん可愛らしい呼び名に、つい小さく笑いがこぼれた。
「男で綺麗どころもあるかよ」
血縁関係の遠慮のなさだろうか、秋口が他人に対して嫌みで応酬するでなく、こんなふうにぞんざいな口調になるのを佐山が見るのは、初めてだった。
「おまえね、先輩に対してそういう言い種はないでしょ」
「おまえに言ってるんだよ」
仏頂面で言った秋口に、佐山はまたこらえきれず笑い声をたててしまった。
「ん? 何かおかしかったですか?」
そう訊ねたのは、縞。
「いや……すみません、仲いいんだなって思って」
「可愛い子分ですよ」
笑って頷いた縞に、「誰が子分だ」とまた秋口が憮然と呟いたが、縞に反論するというよりも独り言のような呟きだった。
「兄弟みたいにして育ったとか?」
「会うのはたまにですけどね。佐山さんはご兄弟は?」
「俺は、ひとりっ子で」
「へえ、じゃあ俺とお揃いですね」
縞は今日もよく喋り、つられて佐山も饒舌になった。向かい側の沈黙が気にはなったが、縞がそのふたりに話を振っても、御幸は普通に応えるものの、秋口が木で鼻を括るような返事をするものだから後が続かない。
そのたび縞がまた絶妙なタイミングで佐山に話を戻して、決定的に白々しい雰囲気になることだけは避けられたが、秋口だけではなく御幸もそこはかとなく機嫌が悪いようで、佐山はどうもやっぱり落ち着かない。
こうなると、明るく話しかけてくれる縞だけが救いな気がした。
「ちょっと、失礼」
そしてそんな状態がしばらく続いた後、縞がふと席を立った。電話か手洗いだろう、と察しつつ、縞の不在が心許なくなって佐山は立ち上がったその顔を見上げた。
そんな佐山の内心に気づいたように、縞が佐山を見返して優しく笑う。
「すぐ戻りますね」
言い置いて縞がいなくなり、さてこの気まずい沈黙をどうしようか……と佐山が重い気持ちになった時、御幸も椅子から立ち上がった。
「――俺も、ちょっと」
そう言って、御幸も縞の向かった手洗い方面へ去っていってしまう。
(……ええと)
そうして、後に残されたのは、佐山と、よりによって秋口ひとり。
気まずいことこの上なかった。
佐山も、御幸も、そして秋口も、目と、すぐには言葉の出ない口を開いている。
「あれ、どうかしました?」
唯一、縞の声だけが脳天気に響いていた。
「あの……縞さんのご親戚っていうのは……」
一目瞭然のことを佐山が問わずにいられなかったのは、目の前の事実がやっぱりすぐには信じられなかったからだ。
縞が、佐山を見て、秋口を見て、もう一度佐山を見直してから頷く。
「これです。あれ、もしかしてみなさんお知り合いですか?」
自分の隣に立つ秋口を指さし、三人の反応で、縞もその偶然をすぐに察したらしい。佐山はどうにも気まずい気分で頷きながら、秋口の顔が見る見る憮然とした表情に変わっていくのを眺めていた。
また縞から連絡があったのは、前回御幸と三人で食事をしてから二日後だった。縞は御幸も是非一緒にと誘ってきて、仕事が詰まっていると言っていたはずの御幸は、その仕事を無理矢理終わらせてついてきた。
御幸も来られそうだという佐山のメールに、縞からは近くに住む歳の近い親戚がいるからついでに誘うがいいか、とさらに返信が来た。佐山も御幸も特別異存はなかったので、じゃあこの間と同じ店で待ち合わせ、ということになったのだが。
佐山と御幸が先に店に着き、適当に飲み食いを始めて間もない頃、縞の明るい声がした。
それで佐山と御幸は一緒に振り返り、縞の隣によく見知った顔をみつけ、呆然とするに至ったわけだった。
「すごい偶然だなあ。これ、従弟なんですけどね、母親同士が姉妹。もう知り合いなら、じゃあ、自己紹介いらないか」
今日は四人がけのボックス席に案内されて、御幸と向かい合って座っていた佐山の隣に、縞がさっさと腰を下ろす。仏頂面の従弟の顔を見て、首を捻った。
「何ボケーッと突っ立ってんだよ、航。さっさと座れ」
縞に促され、秋口はいかにも不承不承といった態で御幸の隣に腰を下ろした。
「あれ、でも、どういう知り合いです?」
店員の運んできたおしぼりで手を拭きながら、縞がまた首を傾げる。
「同じ会社の先輩」
不機嫌な声で答えたのは、秋口だった。
佐山はひたすら驚いたまま、その秋口のことを見遣る。
(ああ……そりゃ、似てるよな)
血縁関係があるというのなら、縞が秋口に似ていたって不思議はないのだ。
この顔合わせになったのが、ただ偶然すぎたと言うだけで。
秋口の答えを聞いて、縞も得心がいったように何度も頷いている。
「あー、どうりでおふたりからもらった名刺、社名に見覚えがある気がしたんだ」
「……おまえ、本当に俺に興味がないよな」
秋口が小声でぼそりと吐き捨てる。縞と秋口はあまり仲睦まじい雰囲気ではなかったが、こんな場に呼ぶくらいだし、遠慮がない関係ってやつだろうと佐山は察する。
「まあまあ、あ、すみませんお姉さん、生ふたつ。あ、おまえ生でいいよな」
「どうとでも」
「佐山さんは、まだお代わりいいですか?」
ひょい、と御幸が佐山の手許のグラスを覗き込む。すでに佐山は烏龍茶を、御幸はビールを頼んでいる。
「あ、俺たちもさっき来たばっかりですから。すみません、先に始めちゃってて」
「いえいえ、こっちが約束の時間より遅れちゃったんですから」
秋口は無言で煙草を取り出して咥えている。御幸が灰皿を秋口の方へ押し遣ってやり、秋口が小さく頭を下げる。
――という様子を眺めながら、佐山も煙草の箱を取り出した。
「あ、灰皿もうひとつ」
生ビールふたつを運んできた店員に、縞がすかさず声をかける。佐山は恐縮して頭を下げた。
「すみません」
「俺も吸いますから」
にっこり笑って縞がポケットから煙草を取り出してみせる。本当に縞はこういうところにそつがない、と佐山は感心する。
「じゃあまあ、とりあえず乾杯しますか。奇縁にってことで」
縞がそう言いながらビールのジョッキを掲げ、佐山は苦笑してそれに倣った。御幸も苦笑い気味に、半分に減ったジョッキを手にする。
「ほら航、おまえも」
縞に促され、ひとり我関せずの顔で煙草をふかしていた秋口も、また不承不承にビールを持ち上げた。
「はい、かんぱーい」
縞の音頭に続いて、バラバラに乾杯の声が続く。
佐山は何だか尻の据わりが悪くて仕方がなかった。
「食べ物もじゃんじゃん頼んじゃいましょう、俺、腹減ってて」
縞がメニュー表を手に取り、ひとつを御幸と秋口の方へ渡し、もうひとつを広げて佐山の前に押し遣って、自分は佐山に身を寄せてそれを覗き込んだ。
「もう何か、頼みました?」
「いや、縞さん……たちが、来てからと思って」
「すみません、じゃ、佐山さんも腹減ったでしょ」
「そんなでもないですよ、昼飯遅かったし」
「あ、お仕事お疲れ様です」
「縞さんこそ。今日もこっちで仕事の用があったんですか?」
「いえいえ、今日は佐山さんの顔が見たくて予定を空けたんですよ」
「佐山、そっち、何頼む?」
冗談めかした縞の言葉に佐山が笑い返していると、御幸が声をかけてきた。
「こっちは鶏唐となすの揚げ浸しとチーズ上げと山菜サラダってあたりなんだけど」
こっち、と言いつつ、決めたのは御幸ひとりのようだった。秋口は「どうでもいい」という顔で明後日の方を見ながら煙草を吸い続けている。
「そうだなあ、佐山さん今日は何食べますか?」
「ええと、なるべくさっぱりしたもの系が……」
訊ねてきた縞に佐山は答えたが、秋口の姿を見た瞬間に食欲なんて半減していた。できればこのまま帰って寝てしまいたかったが、それもまた気まずい結果になってしまう気がする。
縞があれこれ佐山に話しかけながらメニューを決めていき、適当に注文をすませた。
「佐山さん何か、今日は疲れてます?」
小さく溜息をついた佐山に目敏く気づいて、縞が顔を覗き込んでくる。
「いえ、そんなことありませんよ」
慌てて首を振る佐山に、縞が相好を崩した。
「佐山さん、今日もかぁわいいなあ。疲れてても全然気にしないでください、俺の前で無理しなくていいんですよ」
「ははは……」
「万が一酔い潰れたら、俺が責任持って佐山さんのお宅まで送り届けますから」
相変わらず臆面なく、笑顔のままそんなことを言う縞に、佐山はつい本気で笑ってしまった。
「酒は飲みませんから、潰れたりしませんよ」
「たまに、一口くらいは飲まないんですか?」
あー、と佐山は低く呻き声を上げてから、縞の方へ耳を寄せた。小声で囁く。
「……その、酒で失敗したことがあるので、戒めのためにもう飲まないようにと」
目の前に、その『失敗した』相手がいるのでは、そんなことも告白しづらい。
「……女性関係?」
縞も同じく声をひそめ、佐山に耳打ちする。
佐山はついつい赤くなった。やっぱり、本人を前にしての話題じゃない。適当に誤魔化せばよかったのに、つい馬鹿正直に答えてしまった。
「いや、その、そういうわけでも、ないんですが」
「うーん、そうか、佐山さんは何とかして酒で潰したら何とかなると」
「何とかって、何ですか」
佐山は笑って言い返してから、何となく盛り上がっているこちら側とは対照的に、御幸と秋口側の席が会話もなく白けた空気が流れているのに気づいた。
「あ、御幸、秋口も、飲み物大丈夫か?」
訊ねながら、佐山は秋口の名前を呼んで、秋口を見て、秋口に直接声をかけるなんて、ずいぶん久しぶりだなと思った。
「いえ、俺はまだ」
「俺も大丈夫」
「何だ航ちゃん、進んでないな。綺麗どころに囲まれて緊張してるのか?」
(航ちゃん……)
佐山はまじまじと縞を見てしまう。そうか、この人は秋口の親戚なんだよなと改めて確認した。ずいぶん可愛らしい呼び名に、つい小さく笑いがこぼれた。
「男で綺麗どころもあるかよ」
血縁関係の遠慮のなさだろうか、秋口が他人に対して嫌みで応酬するでなく、こんなふうにぞんざいな口調になるのを佐山が見るのは、初めてだった。
「おまえね、先輩に対してそういう言い種はないでしょ」
「おまえに言ってるんだよ」
仏頂面で言った秋口に、佐山はまたこらえきれず笑い声をたててしまった。
「ん? 何かおかしかったですか?」
そう訊ねたのは、縞。
「いや……すみません、仲いいんだなって思って」
「可愛い子分ですよ」
笑って頷いた縞に、「誰が子分だ」とまた秋口が憮然と呟いたが、縞に反論するというよりも独り言のような呟きだった。
「兄弟みたいにして育ったとか?」
「会うのはたまにですけどね。佐山さんはご兄弟は?」
「俺は、ひとりっ子で」
「へえ、じゃあ俺とお揃いですね」
縞は今日もよく喋り、つられて佐山も饒舌になった。向かい側の沈黙が気にはなったが、縞がそのふたりに話を振っても、御幸は普通に応えるものの、秋口が木で鼻を括るような返事をするものだから後が続かない。
そのたび縞がまた絶妙なタイミングで佐山に話を戻して、決定的に白々しい雰囲気になることだけは避けられたが、秋口だけではなく御幸もそこはかとなく機嫌が悪いようで、佐山はどうもやっぱり落ち着かない。
こうなると、明るく話しかけてくれる縞だけが救いな気がした。
「ちょっと、失礼」
そしてそんな状態がしばらく続いた後、縞がふと席を立った。電話か手洗いだろう、と察しつつ、縞の不在が心許なくなって佐山は立ち上がったその顔を見上げた。
そんな佐山の内心に気づいたように、縞が佐山を見返して優しく笑う。
「すぐ戻りますね」
言い置いて縞がいなくなり、さてこの気まずい沈黙をどうしようか……と佐山が重い気持ちになった時、御幸も椅子から立ち上がった。
「――俺も、ちょっと」
そう言って、御幸も縞の向かった手洗い方面へ去っていってしまう。
(……ええと)
そうして、後に残されたのは、佐山と、よりによって秋口ひとり。
気まずいことこの上なかった。